夫婦間の契約の取消(相談例)

【相談例】

新婚旅行の時、浮かれ気分で「浮気をしたら、慰謝料として300万円支払う」という、法的に体裁の整った書面(念書)を、夫婦双方、署名押印もして作成した。

その後年月が経過し、今般、夫の不貞が発覚した。妻としては他の経緯もあって、本気で離婚を考えるようになり、別居に至っている。

妻は、新婚旅行で作成した「念書」に基づき、夫に300万円の慰謝料請求をした。

これに対し夫は、①念書は遊び気分で冗談で作成したもので、真意では300万円を払うつもりなどなかった。妻もそれはわかっていたはずである、②民法では夫婦間でした契約は、婚姻の継続中は取り消せるはず、と主張している。

妻の請求は認められるか。

【回答】

我が国には古くから「法は家庭に入らず」という言葉があるようです。
家庭内の問題は、家族としての心情が絡み、また各家庭それぞれのルールによって秩序が保たれているのだから、その家族が納得すればそれでよく、法は介入しない、という考え方です。

しかし、海外(アメリカ、フランス等)では、結婚するに際し、生活上の問題や資産、離婚の条件などの事柄について、当事者間で前もって契約しておくことが、一定の割合でなされているようです。

もちろん、我が国でも、厳格な条件がありますが、財産の帰属などを合意で決める夫婦財産契約は可能ですし、夫婦財産契約以外でも、この事例のような、不貞行為をした場合の損害賠償義務や、その金額を予め合意しておくこと自体は可能です。

しかし、この事例では、まず、夫の、①この念書は遊び気分で冗談で作成したもので、真意では300万円を払うつもりなどなかった。妻もそれはわかっていたはずである、との反論が問題になります。
民法では、「自分の本当の意思と異なる意思を表示する」こと、つまり真実は思っていない考えを相手に示すことを「心裡留保」といい、相手もそのこと、つまり真意でないことを知っていたり、知ることができた場合に限り、この意思表示は無効になります(民法93条但書)。
ただ、この点については、夫婦の会話としては多少なりとも冗談じみた部分があったにせよ、それを証明するのも難しいでしょうし、「念書」がきちんと体裁の整ったものであれば、一応瑕疵のない合意と認められる可能性が高いと思われます。

次に、夫も主張するように、民法では、夫婦間の契約は婚姻中は取り消すことができる、と定められています(民法754条)。夫がこの規定に基づいて慰謝料の合意を取り消すことが認められるでしょうか。
この民法の規定は、最初に述べた「法は家庭に入らず」という考え方に基づくものです。つまりそれぞれの家庭内で然るべきルールが定められ、それに沿った円満な家庭内秩序が存在するような場合には、あえて法は立ち入らない、という趣旨です。そうとすると、夫婦関係が破綻して、既に円満な家庭内秩序が崩れているような状況になると、その適用の前提を失うことになります。
最高裁判所は、このような考え方に基づき、「婚姻の継続中であっても、婚姻関係が実質的に破綻しているときは、夫婦間の合意であっても取り消すことができない」と判断しています。
このケースでも、夫の不貞の発覚により、妻は本気で離婚を考えて別居に至っており、現実に念書に基づく慰謝料を夫に請求する段階に至っていることなどから、「実質的な破綻」が認められれば、夫の取消しは許されず、妻の請求が認められることになります。

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